子供には無限の才能が眠っているそうです。「そうです」っていうのはちょっとおかしいかもしれませんが、人間には眠った才能というのがあると言うことだと思います。

子供に対する英才教育は、この眠っている才能を見つけてあげることなんじゃないでしょうか。何色にも染まっていない子供を一色に染め上げるのが英才教育だと思っている方もいるかもしれません。

音楽の才能があるから、音楽だけやらせてあげればいい。
絵画の才能があるから、絵の専門教育を受けさせる。
勉強が良く出来る子供だから、運動はさせなくてもいい。

こうした考え方は、子供の可能性を広げる英才教育ではなくて、可能性を狭めているんじゃないでしょうか。人間誰にだって得手不得手はありますから、出来ることと出来ないこともあります。

子供は可能性の塊ですから、今出来ないこともいつか出来るようになるかもしれない。思いもしない才能が眠っていて、いつか開花するかもしれない。そうした可能性を見逃さないで、可能性を広げていくのが英才教育だと思います。子供の興味が主体性を持って発揮されるまでは、あらゆる可能性の芽を摘まないように様々なことに触れさせてあげることが英才教育だと思います。

「私の子供だから」とか「普通の子供だから」と高をくくって見逃してはいけません。いろんなきっかけ作りをしていくことが本当の英才教育だと思います。子供が興味を持ったものは、財布と時間が許す限り体験させてあげるようにしましょう。